さて、久々にまたハーバート・サイモンに戻ってきました。二回目なので、各章ごとにより具体的に、かつじっくり要約を書いてみます。第一章は前に書いたのでスキップ。
システムの科学ハーバート・A. サイモン Herbert A. Simon


<第二章 経済的合理性:適応機構>
著者は本章において、人間が限られた情報処理能力をもって希少な資源を配分するために用いる、市場と組織という組織形態を取り上げている。経済学の関心事は、希少な資源の合理的な配分であり、人間行動の人工的側面を純粋な形で示している好例である。第一章で紹介された定義を用いて経済システムを捉え直すと、[個人、企業などが持つ目標および合理的適応的な行動を成し得る能力]が内部環境であり、[他の行為者、企業、市場]などが外部環境に当たる。よって、経済学は、知的システムが外部環境に適応していく(実質的合理性)とき、それが知識や計算を通じ、適切な適応行動を見出していくシステム自身の能力(手続的合理性)によって、どのように制約されるかを説明するのに役立つ。但し、著者は、現実の社会を説明するにあたり、人間の情報処理能力の限界と、経済制度をつくりあげてきた非計画的で適応的な進化過程の側面を取り入れなければならないと指摘する。
経済学において、企業家の持つ計算能力を考慮しない場合、企業は企業自身の目標を唯一の条件として外部環境に適応していくシステムと考えられる。しかし、実際には企業は需要の弾力性などを大まかにしか推定する事ができず、企業行動は不確実性をともなう。その場合、企業が問題とするのは「良い行為の代替案がどこにあるかを計算する方法の発見(手続的合理性)」であり、「正しい行為の代替案の発見(実質的合理性)」ではない。即ち、企業の実際的な行動を説明する理論とは、不確実性下の推定の理論であると言える。
企業が手続的合理性を達成する手段として、Operations Research(OR)とArtificial Intelligence(AI)分野の知識が利用可能である。ORは現実問題を計算機の処理能力範囲に収まるよう圧縮する事で、多変数の持つ状況から最適解を見出す事ができる。一方、AIは「納得あるいは満足のいく解を見出す方法」であり、現実に極めて近いモデルを用いて、OR手法で扱いきれない組み合わせ問題や非数量の問題などで満足解を得る事ができる。満足解を計算するためには、心理学が提供する要求水準という概念を利用する。要求水準とは、現在の実績水準と比較してその度合いが決められる。ある代替案は、それがすべての次元で要求水準を満たしていれば、満足すべき案として採用される。これら手続的合理性を前提とし、上記のシステムを採用した選択の理論は、人間の計算能力の限界を認めることに加え、経済システムの説明において我々の経験的観察に近い内容を持っている。
最適化戦略が現実の経済活動を正しく説明できない根拠として、著者は次の点を指摘している。先ず、新古典派経済学が論ずるパレート最適に関する諸定理は、企業の理論の検討において、実質的合理性を必要としている。しかし、昨今の実験データは、市場の清算的な機能は、最適化の過程が無くとも、最適化の代わりに満足化する消費者と生産者によって実現可能であることを示している。市場メカニズムの神髄は、新古典派の主張する「最適化」にあるのではなく、ハイエクが指摘した「知識を節約する機能」ー即ち、意思決定を、その決定に関係する情報を利用できる人に割り当てる事を通じて、情報と計算の負担を省くところにある。よって、市場の参加者は、きわめて部分的な情報と、単純な意思決定規則を持つだけで、受給の均衡を実現し、市場を清算することができるのである。
不確実性の存在も、最適化ではなく満足化的な適応的手法を奨励するものである。最適な選択をするためには将来への正確な予想が不可欠であるが、それには計算と情報収集のコストがかかる。一方で、事象が不完全にしか予測できない場合でも、フィードバック制御を用いた適応手法を用いれば、システムは安定を保ち得るのである。
バブルをはじめとする人々の相互期待によって引き起こされる問題も、市場が完全に競争的ではない場合に現れる。価格が所与のものでない場合、企業は競争相手にゲームをすることになる。しかし、ゲーム理論は、競争者同士がお互いに相手の手を無限に読み通しうる場合以外には、合理性を定義し得ないことを示している。よって、市場制度は、人間の計算能力により際限なく相手の手を読む事ができないからこそ作動すると考えられる。
著者は以上のように実質的合理性を前提とした理論が、現実の市場システムを説明し得ないことを指摘したが、さらに経済学があまり重視してこなかった組織活動にも目を向ける。経済学はいままで経済と市場に注目してきたが、著者は、市場社会において企業を始めとする組織が果たす三つ役割の重要性を指摘している。
一点目は、各人が相手の行動を予測する費用を節約し、相互的依存的な活動を遂行する場合である。新制度派経済学によれば、資源分配の調整過程において、ときに市場よりも組織が効率的なのは、組織は販売契約を雇用契約に代えることによって、市場契約にかかる取引費用を消滅し得るからである。また、組織内においても、不確実性が存在する場合、将来に関する仮定の設定を集権化し、合意された仮定の上につくられる標準化や調整を行う事で、「予測」よりも効果的に活動を行う事ができる。
二点目は、一体化の利点である。著者は、個人が自身の目的をある程度犠牲にしても集団目的のために献身することー即ち忠誠心を、「一体化」と呼んでいる。人間は限定された合理性しかもちえない故に、所属集団から情報や助言を受けることによって、自らの限られた知識や技能を高めることができる。
三点目は、人間の限られた知識資源の節約である。市場の場合と同様、人間は限られた合理性の中で、利用可能な情報だけで意思決定を下す必要がある。組織は分権化により決定を分散させる事で、情報の需要を局所化し最小化することができる。
以上の点から、組織は市場に代替する形で社会的な調整メカニズムの一端を担うと考えられる。
さらに、最適性の理論を疑う根拠として、経済システムの進化が局所的最大化現象であるという点を指摘している。局所的最大化とは、ある環境において最高点を見つける事である。しかしその点は必ずしも全体における最高点と一致するわけではない。経済活動が、自給自足経済から自然発生的に進化しているという進事実から、そのシステムが既に到達したか、あるいはいずれ到達するであろう地点が、完全競争の理論に見出される均衡点と、多少とも類似していると結論することはできない。このことから、企業や経済の進化は、簡単に予測できる均衡点には導かれることは無く、経済学的均衡理論は、そのシステムの現状や将来を説明するのに殆ど役に立たないと指摘する。
以上、本章では経済システムを的確に捉えるべく、人間の情報処理能力の限界と、経済制度をつくりあげてきた非計画的だが適応的な進化過程の二点の重要性を指摘するとともに、人間の希少な処理能力を節約し手続き的合理性の高い意思決定を下すための社会的仕組みについて述べられている。